「見ます」の謙譲語、適切に使えていますか?
ビジネスや接客の現場で、「見ます」と丁寧に伝えたいとき、
みなさんは、どんな表現を使っていらっしゃいますか。
たとえば、相手から書類や資料を受け取ったとき、
お客様の身分証明書を見せていただくとき、など
このような場面では、「見る」の謙譲語「拝見する」という敬語表現が使えますよね。
「拝見する」という表現、
頻繁に使われているバリエーションは、
「拝見します」
「拝見いたします」
「拝見させていただきます」
この3つではないでしょうか。
よく聞くので、どれも違和感がないように思えます。
でも実は、3つのうち、1つは不適切な敬語表現とされています。
正しい敬語は絶対に必要!?
意味もわかるし、丁寧さも伝わるし、どれでもいいんじゃないの!?と
思う方もいらっしゃるでしょうか。
・・・私も正直、その意見に賛成です。
敬意が相手に伝わるのであれば、細かいことにこだわりすぎる必要はないと思います。
ただ、コミュニケーションは、言葉を発した側ではなく、
『受け取った側がどう感じるのか』によって、成立するものです。
自分はそんなつもりではなかったとしても、
適切でない表現をうっかり使ってしまったことで、
相手の方が、失礼に感じて、気分を害されることもあるかもしれません。
また、同じ人でも、場面やタイミング(もしかしたら気分)によっても、
受け取り方が変わるかもしれません。
たとえば、大好きなアーティストのライブ会場で、
すごくワクワクして、テンションが上がっているときに、
間違えた敬語表現を使って、「チケットを見ますね」と係の人に言われたとしても、
いちいち気にならないですよね。
でも、はじめての相手との大きな商談で、
相手が信頼に値するかどうかを見極めないといけないような場面なら?
慎重になるがゆえ、ささいなことも気になってしまうのではないでしょうか。
「資料を見ますね」というようなひとことをとっても、
ちょっとした言葉の間違いが、この人に仕事を任せてもいいのかどうか、
という信頼関係に大きく関わってくるかもしれません。
【敬語表現】とは、話す相手、または話す場面に配慮をして、
スムーズにコミュニケーションを図るための言葉です。
ベースとなるのは、相互尊重(お互いに相手を尊重する)の気持ちです。
間違えた敬語表現を使ってしまうと、
相手への配慮や尊重の気持ちが、薄れて伝わってしまう可能性もあります。
場合によっては、印象を下げてしまったり、信頼関係を築けなかったり、
ということにつながります。
そのような余計な心配を取り払って、仕事自体に集中するためには、
敬語の知識をきちんと知って、使い慣れておくことは、とても大切なことだと思います。
拝見します vs 拝見いたします vs 拝見させていただきます
話を戻しましょう。先ほどの
1.拝見します
2.拝見いたします
3.拝見させていただきます
どれが正しくて、どれが間違いとされているものでしょうか。
この3つの違いは、「見る」の謙譲語「拝見する」の「する」の部分の変化です。
「する」が、 「します」「いたします」「させていただきます」 と形を変えています。
具体的には、
1. 「します」は、「する」の丁寧な形
2. 「いたします(いたす)」は、「する」の謙譲語Ⅱ(丁重語)
3. 「させていただきます(させていただく)」は、「する」の謙譲語Ⅰ
と、すべて種類の違う敬語です。
ここで〈謙譲語Ⅰ〉と〈謙譲語Ⅱ〉という2種類の謙譲語が出てきました。
細かくはあとで説明するとして、
そもそも「拝見する」も謙譲語ですよね。
では、「拝見する」は、〈謙譲語Ⅰ〉か〈謙譲語Ⅱ〉のどちらなのかというと、
実は、〈謙譲語Ⅰ〉に分類されるんです。
敬語の間違いとして、もっとも一般的なものに【二重敬語】があります。
【二重敬語】とは、1つの語(動詞)に、
同じ種類の敬語を2つ重ねて使ってしまう間違い表現です。
そうすると、いかがでしょうか。
同じ種類の〈謙譲語Ⅰ〉同士を重ねてしまった
「拝見させていただきます」が
【二重敬語】という間違いを含んだ不適切な表現だということがわかります。
「拝見する」〈「見る」の謙譲語Ⅰ〉+「させていただきます」〈「する」の謙譲語Ⅰ〉
➡ 「拝見させていただきます」× 二重敬語
「拝見する」〈「見る」の謙譲語Ⅰ〉+「いたします」〈「する」の謙譲語Ⅱ〉
➡ 「拝見いたします」〇 二重敬語ではない!
〈謙譲語Ⅰ〉と〈謙譲語Ⅱ〉との違いとは!?
ⅠとかⅡとかいっても、「いたします」も謙譲語なら、
「拝見いたします」も二重敬語じゃないの!?という疑問を持つ方も
いらっしゃるかもしれませんが、そうではありません。
同じ【謙譲語】でも、〈謙譲語Ⅰ〉と〈謙譲語Ⅱ〉とは、
違う種類の敬語であり、はたらきがまったく異なります。
ややこしいので、〈謙譲語Ⅱ〉は、〈丁重語〉という別名で呼ばれることもあります。
【謙譲語】は、自分側について話すときに使う表現です。
相手(側)に対して、自分(側)がへりくだることによって、間接的に敬意を表します。
そのなかで、〈謙譲語Ⅰ〉と〈謙譲語Ⅱ(丁重語)〉との違いは、
「どこ(だれ)に向けて敬意を表しているのか」という点です。
ざっくり言うと、どちらも謙譲語なので、
『自分がへりくだる』という点では共通しているけれども、
『へりくだる(敬意を表す)対象の【相手】が違う』ということです。
〈謙譲語Ⅰ〉は【向かう先】への敬意を表す表現、
〈謙譲語Ⅱ〉は【聞き手やその場全体】への敬意を表す表現、です。
たとえば、同じ「行く」の謙譲語でも、
「伺う」は〈謙譲語Ⅰ〉、「参る」は〈謙譲語Ⅱ〉です。
場面を考えてみましょう。
・「明日、部長のお宅へ伺います。」(部長 = 私の上司、という設定)
⇒ 部長に敬意を表し、「伺う」という謙譲語を使っています。
なぜかというと、私が「行く」という行為の向かう先が「部長の家」だからです。
これは、部長と話しているときでも、同僚と話しているときでも、
部長をたてる場合には、同じように使うことができる文ですよね。
〈謙譲語Ⅰ〉は、聞き手に関係なく、【向かう先】へ重点を置いた表現です。
向かう先:部長(の家)
聞き手:だれであってもOK
・「明日、京都の実家に参ります。」
⇒ これは、上司など目上の方と話すときや、改まった場で使うような表現です。
私が「行く」という行為の向かう先は、「京都の実家へ」ですが、
実家に敬意を表す必要はありません。
〈謙譲語Ⅱ〉は、向かう先ではなく、【聞き手やその場全体】へ重きを置いた表現です。
向かう先:京都の実家
聞き手:その場にいる人
「拝見いたします」は、〈謙譲語Ⅰ〉と〈謙譲語Ⅱ〉を兼ねた表現 〇
「拝見いたします」は
「拝見する」〈謙譲語Ⅰ〉と「いたします」〈謙譲語Ⅱ〉を合わせたものです。
2つのはたらきを兼ね合わせています。
たとえば、以下のような場面では、
この〈謙譲語Ⅰ〉+〈謙譲語Ⅱ〉が大活躍してくれます!
場面:複数企業による合同プロジェクトの会議(自社以外にA社・B社・C社が参加)で、
A社が作成した資料をその場の全員で共有する
このような場面で、「A社の資料を拝見いたしましょう。」と言うと、
【向かう先】=A社(「見る」のは「A社が作成した資料」なので)
【聞き手・その場全体】=A社・B社・C社
というふうに、資料を作成したA社にだけではなく、
その場にいるB社やC社へも同時に敬意を示すことができます!
ひとつの表現で、直接的な相手だけではなく、その場全体への配慮も表すことができる、
というのは、とても便利ですよね!
もちろん、場面が変わって、自社とA社だけの会議であったとしても、
同じように「A社の資料を拝見いたしましょう。」と言うこともできます。
その場合は、
【向かう先】=A社
【聞き手・その場全体】=A社
【向かう先】と【聞き手】がたまたま一致していますが、
【向かう先】としてのA社だけではなく、【聞き手】としてのA社にも
どちらにも敬意を払っている、という観点から、とても丁寧な印象となります。
今回のまとめ「拝見する」の使い分け
「拝見する」の正しいバリエーションは、「拝見します」と「拝見いたします」
相手の持ち物や相手が作成したものなどを「見ます」と、
直接その相手への敬意を込めて言うときには、
〈謙譲語Ⅰ〉「拝見します」を使うのがふさわしい
それに加えて、その場にいる他の人たちにも敬意を表したいときには
〈謙譲語Ⅰ〉+〈謙譲語Ⅱ〉「拝見いたします」を使うのがふさわしい
ただし、直接的に敬意を込める相手と聞き手が同一になる場面もあるので、
「拝見いたします」は、どんな場面でも使えるオールマイティな表現です!
いかがでしょうか。
敬語は本当に奥が深いですよね。
ただ、自分が今はどこに敬意を向けて話す必要があるのか、ということを意識してみると、
適切な敬語の選び方がスッキリするのではないでしょうか。
私たちは(少なくとも私は)ふだん何気なく言葉を選んでしまうこともありますが、
ひとつの言葉で、周りへの配慮を適切に表すことができるのであれば、
やはり「その場にふさわしい言葉選び」を慎重に重ねていきたいなと思います。
今後も、場面に合わせた敬語の使い分けについて、
迷いやすいものを中心にお伝えしていきます!